無数のホームタウン -佐藤直樹
物心ついてから概ね2年に一度くらいの頻度で引っ越しを重ねてきて、そのせいか大人になってからも引っ越し癖は抜けず、30歳前に結婚する頃に数えてみたら30ヶ所近くを転々としていました。同居人は引っ越しを好まない人だったので、そこからはあまり移動していないものの、そうでなければもっと数字を伸ばしていたような気がします。行くところ行くところで惚れてしまうようなところがあり、そういう意味では、生活のための場所と旅で立ち寄っただけの場所との間に、それほどの違いを感じたことがないのかもしれません。
生まれた場所も、祖母や両親や兄弟と過ごした場所も、遠い記憶の果てに消え去っています。子どもの頃から一定の場所に長く住む経験があれば、それに伴う苦労も、土地に対する強い思いも生じたのでしょうが、そういった意味で自分に言えることはありません。大人になって、幼少期から思春期まで過ごしたいくつかの場所を訪れてみたことがあります。ある場所は昔ながらの風情を色濃く残しており、ある場所は開発で激変し何の面影も残していませんでした。どちらも誰かのホームタウンであるはずです。自分に言えることはやはりない。その時はっきりそう思いました。
地域に関わるような仕事をする機会も経験していますが、よそ者というか流れ者というか、そういった者を受け入れる遊びの余地がまったくない地域など、自分の知る限り存在しないように思います。その意味で、こんな自分にも常に居場所はあって、何らかの役割を探し出すこともできてきました。自らのホームタウンを強い思いと共に語る人と出会う中で、頭の下がる思いがしますし、羨ましく思うことも多々あります。その一方で、自分が生まれ育った場所ではない、過去とくに縁のなかった場所に根付いて生活する人の話も最近ではそれなりに耳にするようになりました。ホームタウン、故郷、そういったものに対する感覚も変化の中にあり、じつのところ人の数だけあるのでしょう。
佐藤直樹(1961年東京都生まれ、画家、デザイナー)
(2019年度本と美術の展覧会vol.3「佐藤直樹展:紙面・壁画・循環」)