太田市美術館・図書館 ART MUSEUM & LIBRARY, OTA
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石橋を叩きながら -須永有

私は、自分のふるさとに拘りがあるほうだ。
絵描きにとって場所はあまり関係ない。 アトリエ代のことを考えなければ、田舎でも海外でも絵は描ける。 アーティストはリベラルな考えを持つ人が多いと思うが、私は「石橋を叩いて渡らない」 と言われるような臆病な人間だ。 作品は「力強く大胆」と言って頂くこともあるが、実際の性格はアーティストに向いてないように思う。
太田市は私のふるさとで、家族の家があり、墓がある。
死んだらふるさとの墓に入りたい。
人見知りだから家族の墓が良い。
6年前に父を急病で亡くして以来、遠くに行きたくないという思いが強くなった。
例えば、死んだ後に海に散骨されるのはとても恐ろしい。深淵な水の中に漂うのは、開放感より不安と恐怖が勝る。
頑丈な暖かい石の下で、土に埋まり徐々に分解されるほうがしっくりくる。暖かく重い布団の下にいるような。
小動物が箱に収まって安心しているのを見ると共感する。
以前から、洞窟を作品のモチーフにしたり、壁に穴を開ける絵を描いているが、臆病で怖がりな自分の性格への反動かもしれない。
今は東京に住んでいるが、いつかは太田に帰ろうと決意している。

ところが今年、私は珍しく石橋を渡った。
2月に結婚をしたのだ。
夫は「面白そう」だと私の苗字を名乗ってくれた。 「一緒ならどこに行っても大丈夫」と言う夫の柔軟さに、頭の固い私は心底驚いている。 同居後すぐ、感染症による生活の変化により夫は在宅勤務になった。 私は一時期、展示や仕事がなくなり困っていたが、日常生活は平穏に過ごしている。 毎日、共に食事やゲームをして、私は絵を描いている。 少し前まで完全に他人だった人間と、共同生活ができているのが不思議でならない。 ふと、この部屋が墓石の下のイメージと少し似ている気がした。 まだまだ死ぬつもりはないが、お墓に入る前に、大海原を漂うような絵も描いてみようか と思う。
夫と一緒に小さな船に乗る絵とか。 2人のふるさとは、共に探して作るものかもしれない。

 

須永有(1989年群馬県太田市生まれ、画家)
(2017年度 本と美術の展覧会vol.1
「絵と言葉のまじわりが物語のはじまり
~絵本原画からそうぞうの森へ~」参加)

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