太田市美術館・図書館 ART MUSEUM & LIBRARY, OTA
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巣を作る -淺井裕介

絵描きになってこんなにも移動することが多くなるとは思ってもみなかった、今から約20年前、高校2年の夏休みに人との関わりを捨てアトリエに籠って陽の当たらない生活になるのだろうと一大決心をしてこの道に進んだはずだったのだが、予想に反して幸いにも描くことは自分にとって最大のコミュニケーション手段であったようで気がつけば空間、素材、人と関わることでどんどんと新しい絵が生まれて、生まれた絵がまた次の場所へと自分を連れていってくれるようになっていった。

そんな自分の制作スタイルの半分を占める滞在型の制作は基本的には企画者やその土地の人と話をして空間を選び素材を決める、現地の土や横断歩道用の白線、マスキングテープなんかを使って一から壁や地面に制作することも多くありその度に家を離れての長期の出張となる、面白いのは滞在先についたとき大抵の場合自分は完全なるよそ者なのだけれど、場所や人とコミュニケーションをとりながら制作しているうちに、ある一瞬その場所だけは自分のホームとなり、現地の人々が「お邪魔します」とよそ者のように立場が逆転をすることがあるのである、それは大なり小なりどんな場所でも起こり、極端な話をすれば喫茶店に入ってコーヒーを頼み、そこにあった紙ナプキンに絵を描き終わるまでのほんの一瞬にでも起こりうるのだと信じていたりもする。

結局のところホームとは安心できる場所であり、またどれだけその場所と深くつながりを持てるか、ということになるのではないかと思う、自分の場合もちろん住んでいる町もあるし、そこには小さいけれどのびのびと絵を描くことのできるアトリエもある、それに家に帰れば共に暮らす大切な人もいる、しかし同時に本当の意味で制作をさせてくれる場所、時間、瞬間というものが単純に鍵のかかった中だけではないのだと思っており、自分のいる場所、移動した先、全てがアトリエにもなるし、瞬間的であれそこが自分のホームにもなりうるのだと思えば、そこに普段忘れてしまいがちな複雑な感情が生まれ深くその場所に没入し「この瞬間だけは誰よりもこの場所のことを自分はよく知っている」という気分になり、実際それは一年に一度しかこない巨大な台風のように瞬間最大風速を持って空間に伝達し時には積もった埃も吹き散らしてその土地の人も知らないような何かを見つけ出したりもする。作家というものに度々根無し草が出現するのはきっとこういう性質が多かれ少なかれあるためではないか、と思います。

 

淺井裕介(1981年東京都生まれ、美術家)
 (2017年度 開館記念展「未来への狼火」参加)

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